官能評価について
製品開発に役立つ感性・官能評価データ解析-Rを利用して-より
官能評価とは
官能評価は、製品に対する人の五感の反応特性を測定し、分析し、解釈する学問であり、利用者の立場に立ったものづくりをしたいと考える人々にとっては、非常に有用な学問といえる。
ものづくりは、それを使用する人間の特性を抜きにしては成り立たないものといえる。実際、様々な現場でものづくりに励んでいる人は、官能評価の手法を利用するかどうかは別として、自分の関わっている製品が、世の中の人たちに、どのように評価され、受け入れられているのであろうかと思いめぐらすのではないだろうか。製作者の感性と勘に頼ってものづくりを行う場合もあるであろうが、その決定に、客観的な根拠を与えてくれるのが、官能評価ともいえる。
また、官能評価は、製作者の狙った通りに、一般の消費者に評価されているのかどうかについても、データを提供してくれる。正しい手法で測定したものであれば、その評価データを次の製品の計画に利用することができると思われる。
実際、人の五感の反応特性の測定手法には、様々なものがあり、結果の分析方法も、データの質によって様々な方法がある。
官能評価の専門用語と手法については、ISO に様々な規格が取り上げられているが、本論では、官能評価の手法を中心に、どのような感性・官能データに対して、どのような手法を用いたらよいかを説明し、さらに、データの分析方法について解説する。
官能評価におけるパネル
官能評価のために選ばれた集団のことをパネルという。なお、個人をさす時は、パネリストという。
パネルには、大きく分けて分析型パネルと嗜好型パネルがある。
前者は、試料の属性を分析的に試験する時に用いるパネルで、一定以上の感覚能力を要求される。分析型評価では、通常、パネルの人数は少人数であるが、10 名以上は必要とされている。
後者は、試料に対する消費者の嗜好を予測したい時に用いるパネルで、嗜好型パネルという。また、嗜好型パネルを用いた官能評価のことを嗜好型評価という。ここでは、目的とする消費者を代表するようなサンプリングが問題になり、特別の感覚能力は要求されない。通常、嗜好型パネルの人数は、分析型パネルよりも多人数になる。
この他に、官能評価分析に関して豊富な経験を持ち、試料についても深い知識を持っているパネルのことを専門評価者という。専門評価者は、製品の変動する効果の評価や予測などを行うことができる。
また、後述のQDA 法で用いられる専門的なパネルのことをQDA パネルという。
官能評価のデータの性質
官能評価では、人が製品を見たり、聞いたり、触ったり、味わったり、あるいは、そのにおいを嗅いだ時に感じる主観的な印象を、感覚データとして測定し科学的に分析する学問であるが、人が感じる主観的な印象をどのように表現し、測定し、官能データとするかは、とてもむずかしい課題といえる。官能評価では、感覚印象を様々な手法を用いて数値化(感覚印象に数字を付与)し、統計処理を行うのであるが、付与された数字が、実際の感覚印象を忠実に反映しているのかという点については、もう一度深く考える必要がある。実際、官能評価で扱われている官能データは、評価者の主観的な印象そのものではなく、あくまでも感覚印象を数字で置き換えたものであるので、その置き換えた数字が、感覚印象を忠実に反映しているという保証はないのである。そのような困難な問題を抱えつつも、その中で最適な解を見出すために、私たちは、現在ある感性・官能手法の中で、当該の問題解決にとって最適な手法を選択しなくてはならない。
感性・官能手法を選択する際に考慮する必要があるのは、官能評価データの尺度の水準である。
官能評価データの尺度の水準には様々な段階があり、われわれは、問題とする現象のいろいろな側面を考慮し、どの水準の尺度を求めたらよいかを決定し、最適の手法を選択しなくてはならない。選んだ尺度の水準の適否によって、また、採用する官能評価手法の適否によって、研究の成果が決まるからである。
以下に、官能評価データの尺度水準について解説する。
官能評価データの尺度水準
心理学者のスティーブンスによれば、尺度には、以下の表のように、(1)名義尺度、(2)順序尺度、(3)間隔尺度、(4)比率尺度の4つの段階があり、それぞれの尺度には、許される演算と、許されない演算があるという。官能評価にも、この考えをあてはめることができ、官能評価データの尺度の水準により、適用する官能手法の候補が決まることになる。そして、それらの候補には、許容される尺度の水準に加えて、様々な特性があることから、それらを総合的に考慮して、最適な手法を選択しなくてはならない。
尺度 |
尺度の説明 |
データ、統計量、演算の例 |
該当する官能手法 |
名義尺度 |
分類することによって得られる尺度。 |
質的データ、男女の分類など。 |
|
順序尺度 |
順位がつけられる尺度.各尺度値間の差は意味を持たない。 |
1番・2番、あるいは、優・良・可などの順位データ。 |
|
間隔尺度 |
順位がつくのと同時に、各尺度値間の差も意味を持つ。 |
摂氏、華氏などの温度(絶対的な零点がない(絶対温度ではない)ので、温度の差は表現できるが、比は表現できない)。 |
採点法 |
官能評価の手法
官能評価で用いられる手法には、目的に応じて様々なものがある。また、前述で解説したように、感性・官能データの尺度の水準によって、用いられる手法も限定されてくる。
それぞれの官能評価手法の特徴を、表に示す。
官能評価手法とその特徴
官能評価手法 | 手法の説明 | データの尺度水準 |
2点識別法 | パネルの識別能力を決定する方法 | 名義尺度 |
2点嗜好法 | パネルの試料に対する嗜好や良否を決定する方法 | 名義尺度 |
3点試験法 | パネルの識別能力を決定する方法 | 名義尺度 |
1対2点試験法 | パネルの識別能力を決定する方法 | 名義尺度 |
配偶法 | パネルの識別能力を決定する方法 | 名義尺度 |
スピアマンの順位相関係数 | 2変数間の順位の関連性の強さの指標 | 順序尺度 |
ケンドールの順位相関係数 | 2変数間の順位の関連性の強さの指標 | 順序尺度 |
ページの検定 | 評価されたサンプルの順位が、想定した順位通りであったかどうかを検定 | 順序尺度 |
ケンドールの一致性係数 | 複数のパネル間の順位の評定結果にどの程度の共通性があるかを示す指標 | 順序尺度 |
フリードマンの順位検定 | 試料間で順位づけされた順位に差があるかどうかを検定 | 順序尺度 |
サイン検定 | 評価者が下した2つの試料の順位の判定に差があるかどうかを検定 | 順序尺度 |
ウィルコクソンの順位和検定 | m個のAとn個のBをこみにして順位をつけたとき、AとBの2組の順位付けに差があるかどうかを検定 | 順序尺度 |
クラスカル-ウォリスのH検定 | ウィルコクソンの順位和検定と同様であるが、3種類以上の順位の差を検定するように拡張したもの。 | 順序尺度 |
正規化順位法 | 試料を順位づけたデータを、間隔尺度の評価値に変換する手法 | 順序尺度⇒間隔尺度 |
一意性の係数 | 評定者個人の一対比較判断に統一性(一意性)がどれくらいあるかの測度 | 順序尺度 |
一致性の係数 | n人の一対比較の判断結果の一致度 | 順序尺度 |
ブラッドレイの一対比較法 | どちらが良いかの一対比較データから判定比を逐次近似により推定する | 順序尺度 |
シェフェの一対比較法 | 一対比較判断の程度を数量で評定する。評点をつける一対比較法 | 順序尺度 |
サーストンの一対比較法 | サーストンの比較判断の法則に基づき、大小判断の一対比較データから間隔尺度を構成する | 順序尺度⇒間隔尺度 |
格付け法 | 試料を特級、1級、2級へ分類したりする方法。クロス表によるχ2検定を行なうのが一般的 | 順序尺度 |
採点法 | 数値尺度を使って、試料の特性や好ましさに対して評点を与える。分散分析、因子分析をはじめ、様々なパラメトリックな統計解析が可能。 | 間隔尺度 |
SD法 | 試料に対する印象を両側に反対語をなす形容詞対を伴った多くの評定尺度を用いて評定する | 間隔尺度 |
線尺度 | 試料の特性を表現する様々な言葉を尺度にして評価する際に、その心理的な大きさを直線の長さで表現させる方法。 | 間隔尺度 |
TI | 知覚される感覚強度の時系列的変化を記録し、得られた関数形の特性を様々なパラメータを用いて記述する方法 | 間隔尺度 |
TDS | 複数の感覚の時系列変化を同時に測定する方法 | 間隔尺度 |